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東京高等裁判所 平成6年(行コ)92号 判決

東京都中野区上高田五丁目四五番五号

控訴人

馬場幸子

右訴訟代理人弁護士

浅見精二

東京都中野区中野四丁目九番一五号

被控訴人

中野税務署長 田中博久

右訴訟代理人弁護士

中村勲

被控訴人指定代理人

高野博

新居克秀

柏倉幸夫

海谷仁孝

渡辺進

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人が平成二年一二月二八日付けでした控訴人の平成元年分の所得税に係る更正の請求に対する更正すべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

控訴人が平成二年六月二九日付けで被控訴人に対してした平成元年度所得税の修正申告の「申告し又は処分の通知を受けた額」中、分離短期譲渡所得を一億二三五五万円に、課税される所得金額を一億二二三五万三〇〇〇円に、税額、申告納税額及び第三期分の税額をそれぞれ六二七二万九一〇〇円に更正する。

3  被控訴人が平成二年七月三一日付けでした控訴人の平成元年分の所得税に係る重加算税賦課決定処分(ただし、平成四年九月二二日付けの国税不服審判所長の裁決により一部取り消された後のもの)は、八一九万二〇〇〇円を超える金額の部分を取り消す。

4  控訴人のその余の請求を棄却する。

5  訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを五分し、その四を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が平成二年一二月二八日付けでした控訴人の平成元年分の所得税に係る更正の請求に対する更正すべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

3  被控訴人が平成二年七月三一日付けでした控訴人の平成元年分の所得税に係る重加算税賦課決定処分(ただし、平成四年九月二二日付けの国税不服審判所長の裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

4  訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

次のとおり訂正するほかは、原判決事実及び理由「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決三枚目表三行目から九行目までを次のとおり改める。

「4 控訴人と株式会社星和ドムス(以下「星和ドムス」という。)は、平成元年一月一三日、控訴人が星和ドムスに対し本件物件を売買代金九〇〇〇万円で売り渡す旨の同日付けの契約書を作成するとともに、星和ドムスが別紙物件目録三記載の土地(以下「代替土地」という。)上に同目録記載の建物(以下「代替建物」といい、代替土地と併せて「代替物件」という。)を建築した上、控訴人に対し、代替物件を売り渡し、かつ、二七五〇万円を支払う旨の合意をした。」

第三証拠

証拠関係は、原審及び当審記録中の証拠関係目録各記載のとおりであるから、これを引用する。

第四争点に対する判断

一  本件物件の売却に至る経緯等

前記争いのない事実に加え、証拠(証人坂本茂の証言、被控訴人本人尋問の結果及び各項末尾に記載した各証拠)によれば、以下の事実が認められる。

1  控訴人は、昭和三年生まれの無職の寡婦で、厚生遺族年金、警視庁扶助料を生活の資とし、明治二五年生まれの老母と共に本件建物に居住していた。

(甲一七、一八、二六号証)

2  三和建築事務所は建築設計を主な業務とし、星和ドムスは、三和建築事務所の不動産部門として設立された会社で、不動産取引を主な業務としていた。なお、三和建築事務所と星和ドムスは、その所在地、代表取締役を同じくしていた。(甲一一、一二、乙一一号証)

3  昭和六二年一二月ころ、本件土地の隣接地を所有する黒澤楽器店は、三和建築事務所及び星和ドムスの代表取締役社長である大和に対し、本件物件を控訴人から買収して欲しい旨依頼した。大和は、これに応じて控訴人に会うなどして交渉を開始したが、その後の控訴人との交渉は、主として三和建築事務所及び星和ドムスの取締役であった坂元茂(以下「坂元」という。)がこれに当たった。

4  控訴人は、大和からの交渉に対し、前年に不動産業者からの強い要請を受けて前記争いのない買換えにより引っ越したばかりであり、高齢の母を抱えて再度の引っ越しは煩わしく、本件物件を売却する意思はないとして断っていたが、執ような交渉を受けた結果、昭和六三年春ころ、控訴人の転居先が提供され、また、売買に伴って控訴人に金銭的な負担が生じないのであれば、本件物件の売却に応じないでもないと態度を軟化させた。

そこで、坂元は、控訴人に提供すべき転居先を探し、数カ所の物件に控訴人を案内したところ、控訴人は、周囲の環境等が本件土地よりも優れていることもあって、代替土地を気に入り、右土地に新築家屋を建ててもらえば、金銭的負担がかからない限り買収に応じても良いとの意向を表明した。(甲二八号証、乙一一号証)

三和建築事務所側では、右の代替土地の所有者である株式会社ダイマス(以下「ダイマス」という。)と折衝し、右土地を一億二〇〇〇万円で取得できるとの内諾を得た。坂元は、代替土地の上に新築する建物について控訴人から間取りや茶室の設置等の希望を聴取し、建築に二四〇〇万円ないし二五〇〇万円程度の費用をかけても、本件物件の売買代金の残りで譲渡に係る税金も賄えると計算し、控訴人を説得し、ついにその了解を取り付けた。

5  控訴人と三和建築事務所は、昭和六三年六月二四日、控訴人が本件物件を一億七〇〇〇万円で三和建築事務所に売却する旨の売買契約を締結した(以下、この際作成された売買契約書を「第一契約書」という。)。

その際、三和建築事務所は、控訴人に手付金二〇〇万円を交付した。控訴人は代替建物の設計料として一〇〇万円を三和建築事務所に支払った。(甲二三号証、乙一、二号証)

6  大和は、本件物件について売買契約が成立したことを直ちに黒澤楽器店に報告し、昭和六三年七月七日、黒澤楽器店は、本件物件を一億八〇〇〇万円で星和ドムスから買い取る旨の売買契約を締結した。売主を星和ドムスとしたのは、三和建築事務所は建築設計業者であり、不動産取引は星和ドムスの方がよいとの黒澤楽器店の意向等に基づいたものであった。さらに、星和ドムスは、同月一五日、ダイマスから代替土地を一億二〇〇〇万円で買い受ける旨の売買契約を締結した。(乙二、三、一一号証)

7  ところがその後、坂元が調査したところ、控訴人が昭和六一年に従前物件を売却して本件物件を取得した際に、譲渡所得金額の計算につき居住用財産の買換えの場合の長期譲渡所得の課税の特例の適用を既に受けており、本件物件の譲渡に際して右特例の適用を受けられないこと、さらに、昭和六三年中に本件物件の譲渡がされた場合には、措置法三五条(平成五年法律第一〇号による改正前のもの)による三〇〇〇万円の特別控除も認められないことが判明し、控訴人が一億七〇〇〇万円で本件物件を売却した場合に課される税金等は、五〇〇〇万円以上となることが判明した。

控訴人は、何らの金銭的負担もなく本件物件と代替物件を実質的に交換することを条件として買収に応じたのであったから、坂元から右調査結果の指摘を受けて、この条件が満たされないのであれば売買は白紙に戻すことを強く主張し、三和建築事務所側としても、右税金額相当分を盛り込んだ売買金額を提供する目途も立たなかったため、本件物件の売買契約は白紙に戻すことにせざるを得なかった。前記ダイマスとの代替土地の売買契約も、これに伴い星和ドムスが手付金を放棄する形で解約された。(乙一一号証)

8  しかしながら、星和ドムスとしては、前記のとおり、黒澤楽器店と本件物件の売買契約を締結していることもあり、なおも本件物件を控訴人から買収したい強い希望を捨てきれなかった。

そこで、星和ドムス側では、部内で検討した結果、星和ドムスが負担することができる税金額は二五〇〇万円から二七〇〇万円程度であると算出し、これに見合う本件物件の売買代金額は約九〇〇〇万円となるが、この金額で控訴人が買収に応じてくれるのであれば、税務上も問題がなく、また、取引の時期を控訴人が三〇〇〇万円の特別控除を受けることができるようになる昭和六四年(平成元年)に入ってからにすれば、税金額は約二七五〇万円程度になるとの見通しに到達した。この額の金銭と代替物件を控訴人に給付すれば、代替物件の調達に費用がかかっても、本件物件を取得することができ、かつ、黒澤楽器店に一億八〇〇〇万円で売却することができるのであるから、採算が合うというものであった。(乙一一号証)

坂元がこの検討結果に基づいて控訴人を説得したところ、控訴人は、代金額の範囲内で代替物件が確保でき、税金も賄えるのであれば、本件物件の売買代金を九〇〇〇万円とすることに異存はなく、これを了解した。

9  そこで、改めて星和ドムスが買受人となって、控訴人との間で、控訴人が星和ドムスに対し本件物件を九〇〇〇万円で売却すること、星和ドムスは代替土地の上に代替建物を建築した上で、代替物件を九〇〇〇万円で控訴人に売却すること、右売買契約は代替土地の取得及び代替建物の建築確認申請認可(昭和六四年一月一〇日ころ)後、速やかに行うこと、右各売買契約及び所有権移転登記手続き終了後、星和ドムスは控訴人に対し二七五〇万円を支払うこと等を内容とする合意が昭和六三年一二月までに成立し、協定書が作成された。(甲二二号証、乙一一号証)

これを受けて、星和ドムスは、昭和六三年一二月二二日、ダイマスから代替土地を売買代金一億一六〇〇万円で買い受ける旨の売買契約を締結した。(乙一〇号証)

10  控訴人と星和ドムスは、平成元年一月一三日、右協定書の内容に従って取引を実行し、控訴人が星和ドムスに対し、本件物件を代金九〇〇〇万円で売り渡す旨の売買契約書(以下「第二契約書」という。)が作成された。同時に、星和ドムスが代替土地上に代替建物を新築した上、控訴人に対し、代替物件を九〇〇〇万円で売り渡し、かつ、税金相当分として二七五〇万円を支払うことが合意された。なお、控訴人は、第二契約書に係る代替物件の移転登記手続費用として一〇〇万円を星和ドムスに支払った。

本件物件は、直ちに直接黒澤楽器店に所有権移転登記がされ、黒澤楽器店は、その後本件建物を取り壊して(滅失登記は、平成元年一〇月二五日)、本件土地と隣接土地等の上にマンションを建築した。

代替建物は、星和ドムスが二〇四〇万円以上をかけて平成元年六月ころまでに完成して控訴人に引き渡した。また、星和ドムスは、控訴人に対し、平成元年六月二九日から平成二年三月一三日までの間に、九回に分けて合計二七五〇万円を支払った。

(甲一五、一六号証、二〇号証の一〇・一一、二六号証、乙四、五号証)

二  本件物件の売却に係る譲渡所得の申告について

1  星和ドムスでは、本件物件の買収及び黒澤楽器店への転売について平成元年八月期の決算のため、経理処理に当たって本件物件を代金一億七〇〇〇万円で取得したことにしなければ高額の税金を負担しなければならないことを担当税理士から指摘された。そこで、坂元は、そのころ、控訴人に無断で、前記第一契約書の控訴人の住所氏名(自筆)捺印部分を利用して、控訴人と星和ドムスとの間で本件物件を代金一億七〇〇〇万円で売買する旨の平成元年一月一三日付けの売買契約書をコピーで合成作成した(以下「合成契約書」という。)。

坂元は、合成契約書のコピーを星和ドムスの担当税理士に送付し、税理士はこれに基づき本件物件は一億七〇〇〇万円で仕入れたものであるとする税務申告を行った。坂元は、さらに、被控訴人税務署の担当官の調査に応じて合成契約書のコピーを提出し、真正に作成されたものである旨申述した。

被控訴人側の本件一連の処分及び国税不服審判所の審判は、いずれもこの合成契約書のコピーの存在を理由の一つとして行われた。坂元が控訴人に無断で合成作成したものであることは、本件訴訟が提起された後である平成五年三月二日、東京国税局の国税訟務官らの坂元に対する聴取り調査によって確認された。

(甲二一、二九号証、乙六一、一一号証)

2  一方、控訴人は、平成元年一二月、被控訴人からの「新(増・改)築、買入又は賃借等された家屋等についてのお尋ね」に対する回答方につき坂元の指導を求めたところ、坂元は、前記合成契約書の作成及び税務申告のことを秘したまま、本件物件を代金九〇〇〇万円で星和ドムスに売却したこと及び代替物件を代金九五〇〇万円で星和ドムスから買い受けたことを記載した回答書の下書を示し、控訴人はこれを浄書して被控訴人に提出した。

さらに、控訴人は、平成二年三月一五日、本件土地を代金九〇〇〇万円で星和ドムスに売却した旨を記載した平成元年分の所得税の確定申告書(分離課税用)及び「譲渡内容についてのお尋ね」と題する文書を提出した。

その後、控訴人は、同年六月二九日、被控訴人の調査を受け、担当官から前記坂元作成の合成契約書のコピーを示されて、事態を正確に把握しないまま担当官のしょうように従い、本件物件を代金一億七〇〇〇万円で星和ドムスに売却した旨の記載のある「譲渡内容についてのお尋ね」と題する文書及び平成元年分の所得税の修正申告書に署名捺印して、被控訴人に提出した。控訴人は、税務署からの帰路、不安になって、税務署に戻ったが、取り合ってもらえず、その後、このことを甥の蔵方肇(以下「蔵方」という。)に報告し、蔵方から税理士に相談し、更正の請求等の本件の一連の手続きを採るに至った。

(甲一七、一八号証、一九号証の一ないし四、二〇号証の一ないし一一、乙七、八号証)

三  本件譲渡代金について

当裁判所は、本件物件の譲渡代金額は一億六四九〇万円であると判断する。その理由は、次のとおりである。

1  売却代金を一億七〇〇〇万円とする昭和六三年六月二四日付けの第一契約書に係る売買契約は、白紙に戻され、控訴人がこの金額による売買を行う意思がなかったことは、明白である。また、被控訴人が本件物件の根拠の一つとして掲げる平成元年一月一三日付けの合成契約書(乙六号証)は、坂元が控訴人に秘して偽造したものというほかないから、代金額認定の証拠とすることはできない。第一契約書が白紙に戻されたことについては、三和建築事務所側も第一契約書に係る契約の当時予想された税金額を盛り込んだ売買代金額を提供する目途が立たず、控訴人の意向もあって同契約を白紙に戻さざるを得ないとの結論に達し、ダイマスから取得する予定であった代替土地の売買契約を手付金を放棄してまで解約していることからも明らかである。なお、被控訴人は、第一契約書が作成された際に、三和建築事務所・控訴人間で授受された手付金について明確な精算手続きがされた資料がないとして、これを根拠の一つとして第一契約書に係る売買契約が解消にはなっておらず、代金額は一億七〇〇〇万円のままであったと主張するが、契約解消の経緯にかんがみると手付金返還が必要であったか否か疑問であり(むしろ没取が相当であるといえよう。)、再度の買収工作をねらう星和ドムスが手付金の精算を持ち出すことは得策とはしなかったであろうから、手付金精算の不明確な点は、第一契約書に係る売買契約が解消されたことを認定するについて妨げにはならない。

平成元年一月一三日の本件物件の売買の代金額を規定したものとしては、前年末までに作成された協定書と第二契約書が存在するのみであり、これに記載された条件以外の条件で控訴人が売買に応ずる意思があったことを認めさせる証拠はない。

2  本来、控訴人は、当初から本件物件を売却することには極めて消極的であったのであって、交渉の流れからすれば、星和ドムス側の再度の執ような要請を受けて、代替物件を取得することができ、かつ、税金等の金銭的負担をしないで済むのであれば、再度の売買交渉に応じてもよいと考えたのであり、これが本件における控訴人の基本的姿勢であったと理解すべきである。控訴人が星和ドムスの提案に従い、本件物件をあえて九〇〇〇万円という価額で売却することに同意したのは、同時に代替物件を同額で買い受けることができ、かつ、予想される税金相当額を現金で提供される結果、金銭的な負担を生じないという条件が満たされたからであったと推認することができる。

したがって、控訴人は、代替物件を星和ドムスから九〇〇〇万円で取得することができることを条件として、本件物件を九〇〇〇万円で売却することに応じたと認められる。

3  本件物件は、控訴人が昭和六一年に五四〇〇万円で取得して移り住んだものであって、バブルの時代であったとはいえ、わずか二年後に一億七〇〇〇万円という取得価額の三倍以上の買収価額が提示されたこと自体に、決して経済情報に通じていると思われない老母子二人が戸惑いを感じたであろうことは推察するに難くない。本件土地は、隣地の所有者である黒澤楽器店がビルを建築するためにどうしても必要とするものであったことが認められるから、提示価額が当時としても比較的高額に設定されたものと推認される。控訴人が、二年前に取得した本件物件の価額が五四〇〇万円であったことから、これを九〇〇〇万円で売却することに何ら違和感を覚えなかったとしても不自然なところはない。

4  しかしながら、本件は、通常の売買とは異なり、売買代金の支払に代えて代替物件を同額で譲渡するという実質上の交換取引である。そこで、本件物件の譲渡代金は、控訴人の前記のような認識にもかかわらず、控訴人が実質上交換取得した代替物件の価額と税金の補填のため星和ドムスから給付された金員の合計額によるとするのが相当である。収入が金銭以外の物等である場合は、取得時における当該物件の当時の取引価額によりその額を評価するのが適切だからである。

本件に顕出された資料に基づいて星和ドムスが代替物件を取得するのに要した費用を算定すると、代替土地に一億一六〇〇万円、代替建物に二〇四〇万円以上、以上合計一億三六四〇万円となり、これに控訴人が支出した設計料一〇〇万円及び控訴人が取得した二七五〇万円を加えると、控訴人が取得した代替金品の額は一億六四九〇万円を下回らないが、これを超えることを認めさせる証拠はない。よって、この金額をもって本件譲渡代金と判断する。

5  本件譲渡代金を一億六四九〇万円とすると、控訴人に対する課税額は次のとおりとなる。

(一) 分離課税の短期譲渡所得の金額 一億二三五五万円

右金額は、次の(1)の金額から、次の(2)及び(3)の金額を差し引いた金額である。

(1) 譲渡収入金額 一億六四九〇万円

右金額は、控訴人が、本件物件を、平成元年一月一三日第二契約書に基づき星和ドムスに売却した際の譲渡金額である。

(2) 取得費等 一一三五万円

右金額のうち九三五万円は本件物件の取得費として当事者間に争いがなく、その余の二〇〇万円は控訴人が支出した設計料一〇〇万円及び移転登記費用一〇〇万円である。

(3) 特別控除額 三〇〇〇万円

右金額は、措置法三五条一項(平成五年法律第一〇号による改正前のもの)に基づく特別控除額である(右金額については当事者間に争いがない。)。

(二) 所得控除額 一一九万七〇〇〇円

右金額は、社会保険料控除額二万四〇〇〇円、損害保険料控除額三〇〇〇円、寡婦控除額二七万円、扶養控除額五五万円及び基礎控除額三五万円の合計額である(右金額については当事者間に争いがない。)。

(三) 課税分離短期譲渡所得金額 一億二二三五万三〇〇〇円

右金額は、右(一)の金額は、右(二)の金額を控除した額である。

(四) 納付すべき税額 六二七二万九一〇〇円

右金額は、右(三)の金額に対して、措置法三二条一項を適用して算出した税額(国税通則法〔以下「通則法」という。〕一一九条一項により一〇〇円未満の端数を切り捨てたもの)である。

四  隠ぺい又は仮装の事実について

本件重加算税賦課決定処分は、本件物件の譲渡価額が一億七〇〇〇万円であることを前提として、控訴人が本件物件の譲渡金額を九〇〇〇万円として平成元年分の確定申告書を提出したことが、所得税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の一部を隠ぺい又は仮装したことに当たるとするものである。

しかし、前記認定のとおり、本件物件の譲渡代金は一億六四九〇万円であるうえ、三和建築事務所と控訴人の譲渡金額を一億七〇〇〇万円とする売買契約は解消され、星和ドムスと控訴人間の本件物件の譲渡代金を九〇〇〇万円に控訴人が税金分として現金で受領することとなった二七五〇万円を加えた額とする新たな売買契約が締結されたものであること、右の新たな売買契約は控訴人が望んだものではなく星和ドムス側の強い説得のもとに控訴人がこれに従う形で行われ、右譲渡代金の圧縮等も星和ドムス側の主導でなされ、控訴人は星和ドムスの坂元の言うままに、本件物件の譲渡代金が九〇〇〇万円であると認識して確定申告書を提出したものであること、控訴人は、わずか二年前に取得した本件物件の価額が五四〇〇万円であったことから、本件物件の売買代金が九〇〇〇万円とされたことについても何ら違和感を覚えず、そのように評価していたと認められること、代替物件についても、その実際の取得価額の認識がなく、本件物件に対応する代替物件として九〇〇〇万円程度と評価していたが、そのように評価したことをもって不相当とはいえないことが認められる。

控訴人が、本件物件の譲渡代金を九〇〇〇万円として確定申告をした行為は、控訴人なりの評価をもとにして行ったやむを得ないものであったと認められるから、右申告をもって所得税の課税標準又は税額等の計算の基礎となるべき事実の一部を隠ぺいし又は仮装したことには該当しないというべきである。控訴人が後記の税金分として現金で取得した二七五〇万円の部分を除き、重加算税を課することはできないものと解するのが相当である。

控訴人が現金で受領することになった二七五〇万円は、協定書によれば本件物件の売却に伴い控訴人に課せられる税金の補填のために星和ドムスから給付される金員であって、本件物件の譲渡によって九〇〇〇万円に加えて控訴人が取得する金員である。このことは控訴人も十分認識していたはずであって、控訴人は、控訴人の認識に立つとしても、坂元の指導にもかかわらず、この金額を代金額九〇〇〇万円に加算した合計一億一七五〇万円を譲渡代金として申告すべきであった。この点は、控訴人にも弁明の余地はないであろう。

控訴人に対する重加算税は、過少申告額のうち二七五〇万円の範囲で課すべきであるところ、国税通則法六八条一項によると右重加算税の額は五二九万二〇〇〇円となる(通則法一一九条四項により一〇〇円未満切捨て。)。

なお、重加算税賦課処分は、過少申告加算税の賦課処分をも包含する関係にあるので、重加算税賦課処分がその要件を欠き効力を有しない場合でも、過少申告加算税賦課の要件が存在する場合には、その限度において、なお処分の効力を有するものと解すべきであるところ、これを本件について見るに、本件重加算税賦課処分は前記のとおり二七五〇万円を対象とする部分を除き重加算税賦課の効力を有しないが、その余の過少申告額の部分について過少申告加算税を賦課する限度においてはなお効力を有するものとするのが相当である。そうすると、本件重加算税賦課処分は、二七五〇万円の部分を除くその余の過少申告部分に対する過少申告加算税二九〇万〇〇〇〇円を賦課する部分もなお効力を有するものと判断される。

第五本件請求についての結論

以上のとおりであるから、本件物件の譲渡代金は、一億六四九〇万円と認めるのが相当であり、譲渡代金額を一億七〇〇〇万円とした修正申告を九〇〇〇万円に更正を求める請求は、一億六四九〇万円を超える部分について理由がある。また、譲渡代金額を九〇〇〇万円とした控訴人の確定申告は、申告漏れがあり、そのうちの二七五〇万円についてはことさらに売買契約書に記載せず隠ぺいしたことが明らかである(控訴人の人柄にかんがみると、故意に隠ぺいし脱税を試みたとまでは認められないが、この部分については相応の行為責任を負うべきである。)から、重加算税五二九万二〇〇〇円を課するのが相当であり、また、申告漏れのうち二七五〇万円以外の部分に対する過少申告加算税二九〇万〇〇〇〇円を課すべきであるから、これらの合計八一九万二〇〇〇〇円を超える部分についてのみ本件重加算税賦課決定処分の取消を求める理由がある。

よって、本件控訴は一部を除き理由があるから、これと異なる原判決を変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条本文を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 三宅弘人 裁判官 北野俊光 裁判官松田清は、転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 三宅弘人)

更正決定

東京都中野区上高田五丁目四五番五号

控訴人 馬場幸子

東京都中野区中野四丁目九番一五号

被控訴人 中野税務署長 田中博久

右当事者間の当庁平成六年(行コ)第九二号所得税の更正の請求に対する更正すべき理由がない旨の通知処分当取消請求控訴事件について、平成八年五月一三日当裁判所が言い渡した判決中に明白な誤謬があるので、職権により、次のとおり決定する。

主文

右判決の主文第3項中に、

「八一九万二一〇〇円」とあるのを

「八一九万二〇〇〇円」と、

同判決一三枚目表七行目に、

「取得費」とあるのを

「取得費等」と、

同一四枚目表八行目に、

「一億六三九〇万円」とあるのを

「一億六四九〇万円」と、

同一六枚目表二行目及び同枚目裏二行目に、

「二九〇万〇一〇〇円」とあるのを

「二九〇万〇〇〇〇円」と、

同枚目裏三行目に、

「八一九万二一〇〇円」とあるのを

「八一九万二〇〇〇円」と

それぞれ更正する。

平成八年五月一五日

東京東京裁判所第五民事部

裁判長裁判官 三宅弘人

裁判官 北野俊光

裁判官 瀧澤泉

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